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静岡地方裁判所 昭和45年(ワ)273号 判決 1971年5月28日

原告

白井賢一郎

ほか一名

被告

大東運輸株式会社

主文

被告は、原告白井賢一郎に対し金四八六、〇三三円を、原告白井通子に対し金一〇〇万円を右各金員に対する昭和四二年一〇月一四日から各支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を付加して支払うこと。

原告らのその余の各請求を棄却する。

訴訟費用中、原告白井賢一郎と被告との間に生じた分はこれを一〇分し、その四を被告の負担とし、その六を同原告の負担とし、原告白井通子と被告との間に生じた分はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その四を同原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

(一)  被告は、原告らに対しそれぞれ金一六五万円および各うち金一五〇万円に対する昭和四二年一〇月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決、並びに、仮執行の宣言

二、被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

(原告らの請求原因)

一、訴外須藤紀久は、昭和四二年一〇月一四日午前六時頃普通貨物自動車(名古屋一こ七九六四)を運転し国道一号線を静岡市方面から浜松市方面に向い時速約六〇キロメートルで進行中、藤枝市郡二六二番地先国道一号線交差点において、これと対向してきた訴外堀川一男運転の大型貨物自動車(訴外愛知陸運株式会社所有)に自車を衝突させ、その反動により右対向車を国道一号線にほぼ直角に停車せしめたところ、折から同所を右須藤と同一方向に進行してきた亡白井秀機のライトバン型普通貨物自動車(静岡4や二一六八)の前部に右対向車の左後部を衝突させ、よつて同月一六日右白井秀機を左肺破裂の傷害により死亡するに至らしめた。

二、右須藤紀久は、陸上運送を業とする被告会社の被用運転者で右須藤運転の車は被告会社の所有であり、右事故は右須藤が被告会社のため陸送中に発生したものである。

三、原告白井賢一郎は、右白井秀機の父親である。

四、原告白井通子は、右白井秀機の生みの母ではないが、同人が四才の頃である昭和二三年四月一八日原告白井賢一郎と結婚(但し婚姻届は同年一二月三日に出した。尚秀機の生母はそれ以前に死亡)し、爾来右白井秀機の死亡するに至るまで生みの母同様に右秀機を養育して来た事実上の養母である。

五、(一) 右白井秀機は、昭和一八年一〇月二九日生れの当時二三才の健康な独身男子で原告白井賢一郎の一人息子であつたところ、昭和四一年三月に東海大学海洋学部を卒業してのちは、同原告が白井水産なる商号で営んでいる魚の水産加工、塩干魚の卸売業に専ら従事し、同原告が背推損傷により歩行障害があるため魚の仕入、加工、販売等の仕事を七分通り担当して働き、将来も同原告の後継者として引続き家業を経営して行く立場にあつたものである。

(二) 原告らは、前記秀機の死亡事故により各種の損害を蒙つたが、就中右秀機を失つたことにより甚大な精神的苦痛を受けたところ、前記須藤紀久及び被告会社はこれまでに一度も原告らを見舞つたこともなく、又右秀機の葬儀に会葬したこともなく、はなはだ不誠実な態度をとり続けている。

(三) よつて、右苦痛を慰謝するに足る原告らの慰謝料としては少なくとも各金一五〇万円を下らない。

六、被告は、原告白井賢一郎、訴外愛知陸運株式会社間における損害賠償請求事件(静岡地裁昭和四三年(ワ)第五三五号)において訴訟告知を受けながらこれに参加せず、原告らは本訴慰謝料請求にあたり弁護士に訴訟を委任せざるをえなかつたので、これが費用として少くとも右請求額の一割を要する。

七、よつて、原告らは、被告に対し、自動車損害賠償法第三条又は民法第七一五条により前記請求の趣旨記載どおりの右慰謝料並びに弁護士費用および右慰謝料に対する(本件事故発生の日である)昭和四三年一〇月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項の事実中、衝突の態様を否認するほか、その余の事実を認める。

二、同第二項の事実を認める。

三、同第三項は不知。

四、同第四項は不知。

五、(一) 同第五項(一)は不知。

(二) 同項(二)は否認する。

(三) 同項(三)は否認する。

六、同第六項の事実中、訴訟告知を受けながら参加しなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

七、同第七項は不知。

(被告の抗弁)

一、本件事故の熊様は、須藤運転手が被告会社の貨物自動車を運転し走行車線を進行し、亡白井も同一方向にやや後方を併行して進行中、訴外愛知陸運株式会社の大型貨物自動車(運転者堀川一男)がセンターラインを二メートル越えて被告会社の自動車の進路に入つて衝突し、次いで堀川の車両に衝突したものである。即ち、本件事故の原因は、愛知陸運の車両がセンターラインを越えて被告並びに堀川の進路に突入した結果惹起したもので、被告方の運転者には信頼の原則から言つても何らの過失がない。

二、仮に須藤に過失があつたとすれば、同一状況下で衝突した白井運転手にも過失がある。

三、仮に須藤運転手に過失ありとしても、過失の割合は須藤三分、堀川七分である。

四、(一) 仮に須藤に過失ありとしても、原告らは、原告白井賢一郎、訴外愛知陸運株式会社間における損害賠償請求事件の控訴審において和解をなし、慰謝料をも含めた本件交通事故の損害賠償として和解金六五〇万円、その他強制保険金を含め金一、二六四万六、八一一円の支払を受け、十二分の損害賠償を受けるとともに、本件事故について再度紛争を起さず、一切の紛争を終局させる旨の意思表示をなした。

(二) 原告らは、右和解をなしたことにより、原告白井通子の慰謝料請求権についても、仮にそれが存在するとしてももはや争わないとの意思表示をなした。

(抗弁に対する原告らの答弁)

一、抗弁第一項は否認する。

二、抗弁第二項は否認する。

三、抗弁第三項は主張自体失当である。

四、(一) 抗弁第四項(一)の事実中、原告らが和解をなしたことおよび損害賠償として金一二、六四六、八一一円(内和解金六五〇万円、その余は自賠責保険金)の金員の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

右弁済金は、医療費金一四二、九一〇円、送迎用車代金三五、四九〇円、葬儀費金七六九、三三五円、逸失利益金八、八二九、一二〇円、亡秀機固有の慰藉料金二、〇〇〇、〇〇〇円、破損自動車修理代八五、〇四〇円、弁護士費用金七八四、九一六円(合計金一二、六四六、八一一円)に充当したもので、本訴で請求している原告白井賢一郎固有の慰藉料については何ら弁済を受けていない。

(二) 同項(二)の事実中、原告らが和解をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一、原告主張の請求原因第一項(衝突の態様を除く)および第二項の事実は、当事者間に争いのないところである。

二、被告は、抗弁第四項(一)(二)を提出し、右白井秀機の死亡事故が被告の過失に基づかない旨主張するので、右白井秀機の死亡事故が誰れの過失に基因するかについて判断するに、

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、訴外須藤紀久は当時普通貨物自動車(名古屋一こ七九六四、以下被告車という)を運転し西進中、事故現場の信号機の設置されている交差点の手前一〇メートル位の地点で、被告車の前方を時速五〇キロメートル位の速度で進行していた訴外亡白井秀機運転のライトバン型普通貨物自動車(静岡4や二一六八、以下原告車という)を時速六〇キロメートル位の速度を出して追越し、そのままの速度で進行し、前方約一〇〇メートル位の距離に訴外堀川一男運転の大型貨物自動車(名古屋一う三九〇七、以下堀川車という)が当時降雨により路面が湿潤していたためスリツプしながらセンターラインを越えたまま進行してくるのを発見したが、このような路面状態にある場合には堀川車がスリツプして元に戻らないことも考え、また当時信号が黄色の点滅を表示していたから、このような場合自動車運転者としてはあらかしめ減速等の処置を講ずる義務があるのにこれを怠り、そのうちに右堀川車がセンターラインの内側に戻るものと軽信して漫然従前と同一速度のまま進行した過失により、堀川車との距離が五〇メートル位に接近して初めて危険を感じ、ハンドルを左に切つたが間に合わず右交差点中心付近で右堀川車の左前部に自車の左側部を激突させ、その反動で堀川車の後部を右に振らせ右道路の上り線にほぼ直角に停車させたため西進してきたなんらの過失もない右秀機運転の原告車の前部に堀川車の後部を衝突させるにいたつたものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて被告の抗弁一、二は理由がない。

(二)  もつとも、〔証拠略〕を綜合すると、訴外堀川においても、当時堀川車を時速約五七・八キロメートルの速度で運転して東進し、事故現場の交差点の手前五〇メートルの地点に達したが、右交差点の手前はやや左に大きくカーブしており見透しが悪く、また前記のような道路状況にあつたにもかかわらずスリツプ等による事故の発生を未然に防止するための減速等の処置を講ぜず漫然従前と同一速度で進行し、折から前方約一二六メートル位の距離に被告車が先行する原告車に追越しをかけ、これと併進してくるのを発見したので、ブレーキをかけたところ斜め右にスリツプし、センターラインを越えて進行し、被告車と激突するにいたつたものであることが認められるので、結局右堀川車と原告車との衝突の原因となつた被告車と堀川車との衝突事故は右須藤と堀川との右各過失が競合したことによつて発生したものというべきであるが、被告会社の本件事故による原告に対する損害賠償義務はこれによつて減殺されないことはいうまでもないことであり、右須藤と堀川との過失の割合いかんにかかわらず、被告の抗弁三の理由のないことは明らかである。

三、〔証拠略〕を総合すれば、原告白井賢一郎は右亡白井秀機の父親であることを認めることができ、また〔証拠略〕を総合すれば、原告白井賢一郎は、同人の先妻であり、亡秀機の生みの母親であるよ志が昭和二三年一月一二日死亡したあと、産後間もない娘つるの養育に困つたため同年四月(亡秀機が四才のころ)に原告白井通子と結婚をし、同年一二月三日に婚姻届を出し、原告白井通子は、以後秀機の死亡するまで約二〇年間生みの母親同様に秀機を養育してきたものであり、右婚姻当時原告両名は、その結婚により原告白井通子と右亡秀機やつると法律上当然に法律上の親子関係が成立するものと誤信し、右亡秀機やつるとの養子縁組をしなかつたため、原告白井通子と右亡秀機との間には法律上の親子関係は存在しないが、原告白井通子は右亡秀機と事実上の養親子関係にあつたものであることを認めることができる。

四、そこで原告ら主張の損害額のうち、まず精神的損害の額について検討する。〔証拠略〕を総合すれば、亡白井秀機は、昭和一八年一〇月二九日生れの当時二三才の健康な独身男子で、昭和四一年三月に東海大学海洋学部海洋資源学科を卒業してのちは、父親である原告白井賢一郎が白井水産なる商号で営んでいる魚の水産加工、塩干魚の卸売業に専ら従事し、原告白井賢一郎が足が悪くて歩行にも不自由のため右秀機が魚の仕入、販売、加工等の仕事を七分通り担当して働き、将来も原告白井賢一郎の唯一の後継者として引続き家業を経営していく立場にあつたものであるが、原告らは右秀機を本件事故により一時に失つてしまい、右白井水産の営業成績は秀機存命当時のそれの二割に低落し、水産加工等の設備も昭和四六年五月には廃棄を予定するのやむなきにいたる等、右秀機にかけていた将来の希望も期待も喪失し、また訴外須藤紀久および被告会社はこれまでに一度も原告らを見舞つたことがなく、右秀機の葬儀に参列したこともなくはなはだ不誠実な態度をとつており、原告らの受けた精神的苦痛は甚大であることが認められ、これを慰謝せしめるには、原告白井賢一郎につき金二〇〇万円、原告白井通子につき金一〇〇万円をもつて相当と思料する。

五、そこで被告の坑弁第四項(一)について判断するに、原告白井賢一郎、訴外愛知陸運株式会社間における損害賠償請求事件の控訴審において和解が成立し、原告白井賢一郎が訴外愛知陸運株式会社より損害金として六五〇万円を受けとり、その他自動車損害賠償責任保険金を含めてこれまでに合計金一二、六四六、八一一円の支払を受けたことについては争いがなく、〔証拠略〕によれば右和解は、原告白井賢一郎の主張する損害額(一)医療費金一四二、九一〇円、(二)見舞客の送迎用車代金三五、四九〇円、(三)葬儀費用金七六九、三三五円、(四)逸失利益金八、八二九、一二〇円、(五)亡白井秀機固有の慰藉料金二、〇〇〇、〇〇〇円同原告固有の慰藉料金二、〇〇〇、〇〇〇円、(六)修理代八五、〇四〇円の計金一三、八六一、八九五円から同原告が受領した自賠責保険金六、一四六、八一一円を右(一)、(二)、(三)の各損害に順次充当した残額金七、七一五、〇八四円の請求についてなされたもので、その和解条項第二項に「被控訴人(原告白井賢一郎)はその余の請求を放棄する」といういわゆる債務免除条項が含まれていることが認められ、また前示の如く本件白井秀機の死亡事故は訴外須藤紀久と訴外堀川一男の各過失が競合することによつて発生したものであり、被告会社と訴外愛知陸運株式会社とは相互にいわゆる民法七一九条の共同不法行為者の関係にあるものということができる。一般に共同不法行為者の一方と被害者が一部免除を含む和解をした場合に、その和解の免除部分の効力が他方の共同不法行為者にも及ぶものであるか否かという問題は、民法七一九条の「各自連帯ニテ」なる文言がいわゆる真正連帯債務を意味するものであるか、それともいわゆる不真正連帯債務であるがということを抽象的に論ずることによつて決せられるべきものではなく、被害者と加害者(一方の共同不法行為者)の和解契約内容の解釈に帰すべきものであると考えられる。そして和解契約内容の解釈にあたつては、自賠法が被害者の救済を主目的としていることに鑑み、被害者の意思を尊重すべきであり、被害者において、共同不法行為者の一方と和解をすることにより、損害賠償額が減額される結果となることを知りながら、紛争の一挙的解決を図るためにあえて一方当事者と和解をなすという意図を有していたと認められない限り、共同不法行為者の一方との和解は、他の共同不法行為者の負担部分にも、債権総額にもその効力を及ぼさない趣旨のものであると解するのが相当である。これを本件についてみるのに、本件全証拠によるも、右免除が、被害者たる原告白井賢一郎において、あえて損害賠償額を減額してまでも紛争全体を一挙的に解決する意図でなされたものであるとの事実はこれを認めることができない(かえつて、〔証拠略〕によれば、同原告は、右和解に際し、被告に誠意ある態度が見られないとしてこれに対し別途に損害賠償請求の訴をなす意志で訴外会社との右和解を成立させたものであることが認められる。)以上、右和解契約の免除条項は被告会社に対してはその債権残額に対する被告の負担部分に免除の効力を及ぼさない趣旨のものであると解するのが相当である。そこで、被告会社の債権残額に対する負担部分を検討するのに、前記和解金六五〇万円を原告白井賢一郎の前記請求債権額金七、七一五、〇八四円に対し同原告の自陳する充当順序に従つて(但し、弁護士費用七八四、九一六円についてはこれが右和解金に含まれていることを認めるに足りる証拠はない)弁済充当をすると、原告固有の慰藉料分残額は金一、二一五、〇八四円であることが計算上明らかであるところ、前記第二項に認定した事実によると、訴外須藤紀久と同堀川一男との過失割合は四対六と認めるのが相当であるから、被告会社のこれに対する負担部分は

1,215,084円×4/10=486,033.6(1円未満切捨)

なる算式により金四八六、〇三三円となる。したがつて、被告は、原告白井賢一郎に対しては慰藉料として右金四八六、〇三三円を支払えば足りることになる。

六、また、被告の坑弁第四項(一)について考えるのに、右和解が、原告白井賢一郎と訴外愛知陸運株式会社との間においてなされたものであることについては争いがないから、原告白井通子が右和解契約の当事者でないことが明らかであり、また本件全証拠によるも原告白井賢一郎が原告白井通子の慰謝料請求権をも放棄したとの事情はこれを認めることが出来ない以上、被告の右主張は理由がない。

七、次に原告ら主張の損害額のうち弁護士費用について判断するのに、原告両名が、弁護士山田勘太郎に本件訴訟の提起およびその追行をなす権限を委任したことは、〔証拠略〕によつて明らかであり、被告が原告主張の如き訴訟に訴訟告知を受けながらこれに参加しなかつたことは被告の争わないところであるが、原告らがその主張する各金額を右委任に際し同弁護士に支払い、もしくは支払を約したことを認めるに足りる証拠はないのみならず、単に右の如く被告が訴訟告知を受けながらこれに参加しなかつたというだけでは、原告らが本件慰謝料請求にあたり、弁護士に訴訟を委任せざるのやむなきに至りこれがため原告ら主張の如き損害額を生じたことにつき、被告に故意又は過失があつたとはとうてい認めることができない。

八、以上により、被告は、原告白井賢一郎に対し金四八六、〇三三円を、原告白井通子に対し金一〇〇万円を自動車損害賠償保障法第三条により賠償すべき義務があるものというべきである。

よつて、原告らの被告に対する右各損害賠償金債権およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四二年一〇月一四日から右支払い済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当としてこれを認容し、その余の原告らの本訴各請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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